エミシとその時代
おわりに
世界中に大変な衝撃を与えた「東日本大震災」から7か月を経過した平成23(2011)年秋、「このままではあっという間に時が過ぎてしまう。東北のことをもっと学び知っていこう」と思い立ったのですが、「でも、何をどうしよう」としばらくは漠然としていました。
そんな時、たまたま家族と一緒に群馬県桐生市の山上多重塔に行くことがあり、悠々たる赤城の山脈を背景にして覆い堂に守られた多重塔の前に立ち1200年前に思いをはせた時、なんともいえぬ感慨がこみ上げてきたものです。
その後文献にあたり調べると、多重塔造立の背景には、当時の朝廷軍と蝦夷と呼ばれた人々との戦いがあることを諸氏の教示により知ることができ、一つの塔の彼方には今は誰も語らない「万の物語」があるのでは、と思いました。私としては、これは東北の、そして東国の歴史を学び理解を深める機会と思い、「六国史」を見ながら「蝦夷征討」に関する主要事項を書き進め、「エミシとその時代」としてまとめました。
書きながら、
「どうして、東北の人々は親子数代にわたる百年単位の戦いをやり通せたのか」
「大軍を相手にして恐れぬ東北人の勇気はどこから湧いてきたのか」
「圧倒的物量に潰されることがなかったのはなぜか」
という疑問にかられましたが、「正史」の行間の先にある「その時代の東北の人々」から、
「人は成すべきこと、守るべきものがある時、限界を超越する力を発揮する」
「仲間がいればやり通せる」
「必死に生きる父母の後ろ姿を子供たちは見ている」
「生き続けろ、ともかく生き続けるんだ」
「人に裏切られても、自分で自分を裏切ることがなければそれでよい。人の裏切りなんていつものことさ、さあ新しい関係を自分力で築け」
「失敗なんて当然。あきらめるよりも次は何を成すかを考えろ」
「おしゃべりに時間を費やすよりも、ことを成せ」
「考えろ、考えろ、そして考えろ。考え続けたその先にお前だけの答えがある」
「私の存在はなくなっても、真の心は時空間を越えて生き続ける」
と教えられた思いとなりました。
「エミシとその時代」はマイペースで三か月かけて書いてきたのですが、のんびり読み書き続けていると、蝦夷と呼ばれ戦った男達に、また朝廷軍の男達にも親近感が湧いてくるからおもしろいものです。彼らも私も共に家族を抱えた「お父さん」であり、また「若者」です。今、私の耳には彼らの声が聞こえるような気がします。
「男ってのは、いつの時代でも、あらゆる矛盾と不合理の最前線に立たされる。だけど胸をはって立つのが男というものさ」
「歴史の主役ってのは、名もなき俺たちのことさ」
今回は、「その時代」の東北の人々の粘り強さ、忍耐力、執念、回復力、逞しき人間力に学ぶことができました。これからも私なりに東北のことを知る努力を続けて、「史書の一行の向こうにある万の物語」を見つけ、触れていく思いで学び続けたいと思います。